毎日子どもたちと一緒にいる中で、上手くいくことも、いかないこともたくさんあります。
時には子どもたちを叱らなければいけない時があります。
でも子どもたちは、叱られると「嫌われた」と感じてしまうことがある。
かといって、怒らないでずっといるなんてできない。
私たち先生は敵じゃない。
みんなのことを思っているからこそ、叱ったり、注意したり、怒ったりしなければいけない時があります。

「優しい先生」が、子どもを弱らせてしまう
子どもたちに嫌われたくなくて、叱れない・怒れない・注意できない。
そんな時もあります。
でも、私たちが叱れなければ、子どもたちはどんどん弱っていく。
子どもたちは私たちの足元を見て、「ああ、この人は甘い先生なんだな」と思う。
あるいは勘違いして、「あの先生は、優しい!!」と思ってしまう。
子どもたちのことを本当に考えたら、やっぱり叱らなきゃいけない時がある。
「嫌われること」を怖がっていれば、子どもたちは低きに流れていってしまう。
水は、低きに流れる。

でも、嫌われすぎると、熱い想いさえ伝わらない
子どもたちの学校生活はとても短い。
この3年間、6年間で子どもたちを成長させるのが、私たちの務めだといつも思っています。
子どもたちにとって耳の痛い話をすれば、子どもたちはそれを嫌がる。
私たちは嫌われたくなくて、引いてしまうことがある。
でも、ある時、嫌われる覚悟は絶対に必要だと思っています。
そこに愛情や、子どもたちを思う気持ちがあれば、いつかきっと伝わる──ずっとそう思ってきました。
けれども残念ながら、時代なのか、話し方なのか、分からないけれど、
嫌われすぎると、いくら話しても、いくら子どもたちのことを思っていても、子どもたちの中に入っていかない。
嫌われすぎては、残念ながら、熱い想いさえも伝わらない。

それでも最近、思うこと
最近思うのは、その時嫌われても、その言葉に相手を思う気持ちがあれば、やっぱり伝わるんじゃないかと感じるようになりました。
だからといって、やっぱり嫌われすぎたら、この3年間で子どもたちからの信頼は得られなくて、悲しい思いをしてしまう──それも事実です。
子どもの気持ちを汲みつつ、相手のことを思って、耳の痛い話もしなければならない。
とても難しい仕事だけれど、やっぱり、やりがいのある、夢のあるいい仕事だとも思います。
子どもたちのためを思って、日々奮闘する毎日です。
このブログにたどり着いたということは、何か生徒と向き合う中で、困っていることがあるからかもしれません。
一緒に頑張っていきましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!


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